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by tama2neko
| 2020-05-01 15:52
| ステッチ
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サクラ、上の枝は終わりました。
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by tama2neko
| 2020-04-04 15:07
| ステッチ
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Madsさんのサクラ、小鳥が出てきました。
小鳥は調べたら、”ズアオアトリ”のようです。 見たまんまの名前ですね(笑) ヨーロッパには普通にいるようですが、日本では北海道の利尻島などで迷鳥として数例見られただけだそうです。 地味な子の方がメス。 長崎では、まだサクラの開花宣言は出ていませんが、もうあちこちで綺麗に咲いています。 これもこの後、枝を伸ばして花を咲かせていきます。 *********************** 長崎県の諫早市で、は江戸時代より干潟の干拓で農地を広げてきたので、広々とした耕作地があります。 今は麦の葉が青々と風になびいています。 庭では、八重のオダマキが咲き始めました。 #
by tama2neko
| 2020-03-23 15:27
| ステッチ
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1974年にヨーウェン・ローゼンスタンドのお母さんのエレン・ホルストが亡くなると、"Clara Waever "と"Eva Rosenstand"は1976年に一つの会社として統合され、”Eva Rosenstand/Clara Wæver"になります。
しかし、1979年に2つのブランドのカタログが統合されるまでは、従来通りそれぞれのブランドで販売されていたようです。1979年にカタログが統一されてからは、"Clara Waever "の番号には”C.W.”のマークが付くようになります。キットの袋なども統一されます。Eva Rosenstandのオリジナルの糸(300番台)もこのころから使われるようになったと思われます。 その後もしばらくは大変人気のあった”Eva Rosenstand/Clara Wæver"ですが、刺しゅう人口の減少などがあったのでしょうか、その規模を縮小せざるを得なかったようです。1990年の中ごろには、"Clara Waever "と"Eva Rosenstand"の区別は無くなります。そして、2003年その歴史に幕を下ろします。しかし、ペルミンの傘下で復活し、数は少なくなり、糸はDMCになりましたが、私たちがそのデザインを再び楽しむことが出来るようになりました。 "Clara Waever "のカタログや糸、古い作品などについては、また書いていきたいと思います。 ****************** 新しいものステッチしています。 シワシワで失礼します(^_^;) サクラです。デザインはMads さんで、刺しゅうのパターンはJanaさん。 東京では桜の開花宣言がでたようですね。 遅れないように頑張って刺していきます。 #
by tama2neko
| 2020-03-17 16:58
| ステッチ
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主として家庭の中で親しまれる刺繍ですが、世の中の情勢や傾向と無縁ではないようです。 1914年に第一次世界大戦が勃発すると、品質の良い刺繍材料を入手することが困難になり、1917年、クララは刺繍の事業をN.C.Dyrlundに譲渡します。 このN.C.Dyrlundの時代のことは、私は余りわからないのですが、“Clara Waever”の名前で白糸刺繍の本が出ているようです。
そしてクララ・ウェーバーは1930年に75歳で亡くなります。
1940年、N.C.Dyrlundは刺繍事業をヤコブ・ホルスト(Directør JacobMathias Holst1879-1949)に譲ります。 ここで、“Clara Waever”は、“Rosenstand” の一族の手に渡ることになります。(Rosenstandは、ヤコブの奥さんの旧姓なので…) そしてこの後、“Clara Waever”というブランドは、Rosenstand家の人々により、 作品のハイクオリティを維持しながら色々なアーティストとコラボをし、今も馴染み深いたくさんの作品を生み出していくことになります。
ヤコブは妹のミゲ・ホルスト(Migge Holst)と事業を進めていきました。 ミゲはアートを学んでいて、たくさんの刺繍図案のデザインをしました。 また、Louise Pack, Helge Christoffersenなどのデンマークのアーティストから デザインを提供してもらいました。事業はとても順調に進んでいたようです。1946年には、Østergade42にお店を移します。Østergade42というのは、どうもコペンハーゲンの商業地として一等地のようで、イメージとしては、銀座4丁目辺りという感じなのでしょうか?
しかし、1953年にミゲが亡くなると、事業は息子のヨーウェン・ローゼンスタンド(Directør Jørgen Rosenstand (Holst)1919-2017 )が受け継ぎます。 Rosenstandは、ヨーウェンのお母さんの旧姓です。 ”ClaraWaever”はヨーウェンと、彼のお母さんのエレン・ホルスト(Ellen Marie Holst1894-1974)の手に委ねられます。 エレンはアートディレクターとして活躍し、Mads StageやGitz Johansenにデザインの依頼をします。特にMads Stageのデザインは大変人気がありました。当時のカタログを見ても、表紙にわざわざ“Mads Stage”と銘打っているものもあります。今、ヴィンテージとして目にする”ClaraWaever”の作品も圧倒的にMadsStageのデザインのものが多く、このことを裏返してみれば、それだけたくさんのMadsさんのキットが世の中に出回っていたという証拠だと思います。 また、この頃の“Clara Waever”の事業の成功の裏には、当時盛んになってきたキットと通信販売という販売の形態も関係していると思われます。ヨーウェンは、刺繍の材料が図案、布、糸と全てパックになったキットという形での販売形式をいち早く取り入れました。また、カタログを作り、通信販売をすることで、わざわざお店に行かなくても遠方の人も刺繍を楽しむことができるようになったのです。
ヨーウェンはまた、1958年に“Clara Waever”とは別会社として、自らのブランド”Eva Rosenstand” を立ち上げます。Evaはヨーウェンの奥さんの名前だそうです。 ヨーウェンがわざわざ“Clara Waever”と別の会社として ”Eva Rosenstand” を立ち上げたということは、”Eva Rosenstand” は“Clara Waever”とは違うブランドコンセプトを目指して作られた、ということだと思います。 私が感じるところでは、”Eva Rosenstand”は、古典的、自然主義的な絵画のデザインをもとにつくられ、西洋的な、男性的なイメージ。それに対して“Clara Waever”は、繊細だけど身近で家庭的、時代の流れをうまく取り入れて表現を変化させていく女性的なイメージ。日本画の花鳥風月を感じさせるも多いように思います。(あくまで私見です(笑) 今は一つのブランドとなって、区別もつけていませんし、Perminになる前のものを全てOld Evaとしてひとくくりに呼んでいますが、私としてはやはり“Clara Waever”のデザインのものは、“ClaraWaever”と呼びたいな、、、なんて思っています^^ to be continued… **************************
表紙の作品は、すべてMadsさんのデザインです。 #
by tama2neko
| 2020-02-24 15:45
| ステッチ
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